入谷鬼子母神「恐れ入谷の鬼子母神」の由来

入谷の夏の風物詩「朝顔市」。

朝顔市は「入谷鬼子母神」を中心に、言問通りに100軒以上の朝顔業者と100を超える縁日が並び、毎年40万人以上の人が訪れる。

入谷鬼子母神は満治二年(1659年)静岡県沼津にある大本山光長寺の第20世高運院日融上人が、本山に勧請していた一寸八分の御木像の「鬼子母神様」を持って江戸に出て、現在の地に「真源寺」を建立したことにはじまる。

鬼子母神像は、大本山光長寺の開基である彫刻の名手・中老僧日法聖人が彫り、その師匠である日蓮聖人が開眼せられたと伝えられている。

入谷に暮らしているとご年配のかたなどから「恐れ入谷の鬼子母神」という言葉を耳にすることがあるが、その由来は當山にある縁起に記されている。

「さる大名家の奥女中が腰に腫れ物ができてしまい医者に見放されてしまったが、入谷にある鬼子母神が大変御利益があると言うので、二十一日間の願をかけ毎日お参りをしていたところ、満願の日の帰りに、橋でつまづき欄干のえぼしに腰を打ち付けてしまった事で、腫れ物の口が破れて膿が出てしまい、時をへずして全治した」

これを江戸の中期に活躍した狂歌師・太田蜀山人が聞き付け、その御利益に恐れ入ったということで「恐れ入谷の鬼子母神」と言ったのが流行になり、現在までも使われているのだそう。

毎年7月の6日から8日までの3日間開催される「朝顔市」。

歴史を踏まえて歩いてみると新たな発見があるかもしれない。